タイトルが適切なのかどうかよくわからないが、事態や言説に反応して行動しすぎているのではないかと再認識している。上司からの指示(か思いつき)や、周辺での勃発事項への反応がトリガーになって行動するケースが多い、というか多数を占めている。
組織あるいは対人関係の中で活動しているわけだから、全ての物事が自分からの発意で動き回るわけでないことは、そりゃそうなんだが、ある単位のリーダーとしてはやはり自分の発意として行動すべきと思う。トリガーは反応であっても、自分としての軸があり、その軸を通して、あるいはその軸の周りで自分の発意へ取り込み、発信できれば、納得感が出てくるのかもしれない。
何かの本で、同様のことが書いてあったような気もする(7つの習慣だったか?)
軸をとおして発意となすとすれば、自分が考え出したことと、周辺に反応しながらも自分の発意あるいは納得感として提示することと同じ次元になるだろうか?
指示される事項が多すぎるからそう思うのか、じぶんの軸がぶれていると実感することが多いからそう思うのか、自分のリーダーとして資質を思うときそのように考えてしまうのか。拡声器あるいは増幅器としてのみ存在するならあまり価値はないと思う。自分の価値を打ち立てるためにどうしたらよいか考えてみたい。
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